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X線で解かれた封印。マリー・アントワネットとフェルセン伯の手紙に残る黒塗り部分の謎

これは230年前にフランスの王妃マリー・アントワネットと北欧のアクセル・フォン・フェルセン伯が交わした手紙です。『ベルサイユのばら』の劇中キャラと思わがちなフェルセン伯だけど、肉筆見ると本当にいたのだなあ…と実感が湧きますね。

フランス国立古文書館所蔵の手紙15通のうち8通の黒塗り部分に書かれた文字は、歴史家の間でも150年続くミステリーでした。それがX線でようやく白日のもとに晒され、ScienceAdvancesに1日公開されたのです。

研究チームが使ったのは、蛍光分光法(fluorescence spectroscopy)と呼ばれるX線解析で、古文書のインクの解析によく利用されるもの。分析の結果、使用インクは没食子インクと判明。さらに、差出人がマリー・アントワネットの手紙も、筆跡は別の人物のものであることがわかりました。こちらはフェルセン伯の筆跡に似ていることから、フェルセン伯が原本を書き写して保管していたのではないかと思われています。

論文主著者を務めた古文書修復研究センター(Centre de Recherche sur la Conservation)の修復師Anne MichelinさんはGizmodoからのメール取材にこう答えていますよ。

そんなわけでフェルセン伯の自作自演…ではなく、手紙の写しをとって保管することは昔はふつうに行われていたものらしく、そこには、やりとりの内容をしっかりとっておいて、履歴を忘れないようにする目的もあったのだとMichelinさんは補足しています。もちろん、それ以上の思い入れがあったとしても不思議ではありませんけどね。

ベルサイユ宮殿公式ウェブサイトには次のような記述もあることですし…。

そんな一途な思いを吐き出すかのように、塗りつぶされた部分には「愛する人」、「憧れ」、「狂おしい」といった文字が残っていました。うう、フェルセン…(涙)。

X線で解かれた封印。マリー・アントワネットとフェルセン伯の手紙に残る黒塗り部分の謎

検閲したのはだれ?

ふたりの恋愛関係は半ば公然の秘密のようなものですが、気になるのは手紙が検閲・修正された経緯です。いったいだれがなんのために? そちらの謎については、執筆部と修正部のインクの組成を蛍光X線(XRF)分光法で調べることで解決しました。

XRFは火星探査機パーサヴィアランスのPIXL(岩・堆積物の組成を調べて化石化した微生物を探す予定)でも重要な役目を果たす技術。万物が残す化学的特性を手がかりに、古代から近代まであらゆる時代の謎を解明できるすぐれものです。

「新技術というわけではないですが、論文著者のみなさまが仰るように、ラボや博物館では手軽に使える技法のスタンダードになりつつあり、うれしい限りです」と取材に答えてくれたのは、欧州シンクロトロン放射光研究所(ESRF)のビームライン研究者のMarine Cotteさん(論文とは無関係)。Cotteさんは5,000年前のエジプトのインクの組成をこれで調べた経験者です。今回チームが調べたのはフランス革命期のインクなので、古代エジプトに比べたらずっと新しいものですけどね。

結論から先に言うと、修正部のインクもフェルセン伯の執筆部のインクと一致。また、筆跡鑑定師による鑑定では、修正部に上書きした文字までフェルセン伯の筆跡と一致しました。これらのことから、伯爵自身の手による検閲・修正という線がますます濃厚になったというわけです。

以上の成果について、X線分光法にくわしいオランダのデルフト工科大学のMatthias Alfeld分子・構造考古学助教授はこうコメントしています。「よくやったと思います。チームが使った機器は市販のものですが、データ処理の部分がとてもイノベーティブ。ほかの分野で使われている機器を使って、XRFデータから隠れたパターンを見い出すことに成功したんです。一歩前進ですね」

もっとも解明されたのは15通のうち8通だけですので、「この分野のコミュニティのためにできることはまだたくさん残っている」とも話していました。

XRFは手紙のほかにも、書き換えられたものや、単に保存状態が悪くて霞んでしまった文章の修復にも応用が効きます。ピカソの絵をスキャンしたら別の絵が見えた!という話も何年か前にありましたが、あれも使ったのはX線蛍光分光法。いろいろ丸裸になっていきますねー。