NTTとNECは2020年6月25日に資本業務提携を発表しました。両社は「O-RAN(Open Radio Access Network)」に準拠した基地局を共同で開発し、NECはO-RAN準拠の基地局で世界トップを目指すとしていますが、このO-RANは5Gのネットワークにも非常に大きく関連してくるものなのです。O-RANで携帯電話の世界はどのように変わると考えられるでしょうか。
基地局のオープン化を目指した規格
NTTはNTT東西やNTTドコモを傘下に持つ、NTTグループ全体を統括する企業なのですが、そのNTTがNECに出資した狙いの1つとして挙げられていたのが、O-RANに準拠した国際競争力のある基地局装置を共同開発することでした。
この基地局装置とは、要するに携帯電話の基地局として使用する装置のことを指すのですが、NECはO-RAN準拠の基地局で世界トップシェアを目指すとしています。しかしながらNECが現在、基地局をはじめとしたモバイル通信機器事業を展開しているのはほぼ国内向けに限られ、世界シェアも1%に満たない状況です。
それにもかかわらず、NECが世界トップシェアを目指すというのは相当意欲的な目標に思えるのですが、なぜ両社はO-RAN準拠の基地局開発にそこまで力を入れるのでしょうか。
そのためにはまず、O-RANが何であるかを知っておく必要があるでしょう。これはNTTドコモと米国のAT&T、中国のチャイナモバイル(中国移動)、ドイツのドイツテレコム(T-Mobile)、フランスのオレンジ(Orange)といった携帯電話会社を中心に設立された「O-RAN Alliance」によって提唱された規格なのですが、その内容を一言で表すと「基地局設備のオープン化」ということになるでしょう。
実は携帯電話会社のネットワークは、すべて特定の通信機器ベンダーの機器で揃えることが多いという、通信機器ベンダーへの依存が非常に強い構造となっているのです。しかもベンダーはエリクソン、ファーウェイ・テクノロジーズ、ノキアの大手3社で8割近くのシェアが占められている寡占状態であるため、これら大手通信機器ベンダーの影響力が非常に強い一方で、携帯電話会社には自由が少なくコストも下げにくいのです。
そこで生まれたのがO-RANです。O-RANでは従来はベンダーごとに異なっていた基地局設備のインターフェースを「O-RANフロントホール」というオープンな規格に統一化し、それに準拠した基地局設備であれば複数のベンダーの基地局を混在させられるようにしたのです。
携帯会社や新興企業にメリット、大手ベンダーは?
O-RANは携帯電話会社主導で作られたものだけあって、メリットを最も享受できるのはやはり携帯電話会社ではないかと考えられます。O-RANに準拠することで、従来特定のベンダーに依存せざるを得なかった基地局設備を、場所や用途、そして値段に応じて複数のベンダーから選べるようになり、コスト削減が期待できるからです。
こうした動きは楽天モバイルなどが積極的に進めているネットワーク仮想化(NFV)に通じる部分があります。5GではNFVの導入が積極化することで基地局の仮想化が進み、汎用のサーバなどが活用されるようになることから、インテルやエヌビディアなど新たなプレーヤーが携帯電話のコアネットワークへの取り組みを積極化しているようです。
それに加えて、O-RANフロントホールの導入によって基地局設備のオープン化がなされれば、特にNECのようにシェアが小さい事業者や、新規参入事業者などに新たなビジネスチャンスをもたらすことは確か。オープン化の流れが加速することで、大手通信機器ベンダーに大きく依存していた市場構造が大きく変化する可能性が高いのです。
とはいうものの、O-RANの導入が順調に進むかというとそこには大きな課題があります。それは大手通信機器ベンダーがO-RANの普及を阻む可能性です。
先にも触れた通り、多くの携帯電話会社のネットワークは大手通信機器ベンダーに依存しているため、O-RANフロントホールを導入するにはそれらベンダーの協力が必要になりますが、ベンダー側からしてみればO-RANの普及は自社の機器販売が減ることにもつながるため、必ずしも積極的に取り組むとは限りません。
実際、ファーウェイ・テクノロジーズはO-RAN Allianceに参加しておらず、既存の携帯電話会社がどこまでO-RANを採用するのか現時点では未知数な部分があります。
もちろん楽天モバイルのように、ゼロからネットワークを立ち上げるような携帯電話会社はO-RANを採用しやすいのですが、すでに携帯電話が世界的に利用されている現状、これから新規参入する事業者の多くは、ローカル5Gなど小規模なものにとどまると考えられます。それゆえ既存携帯電話会社のO-RAN導入が進まなければ、O-RAN準拠基地局の市場自体が小規模にとどまってしまう可能性があるのです。
また、仮にO-RANが広く普及したとしても、NTTとNECには課題があります。というのもオープン化は競争環境をフラットにする一方、ベンダー同士の競争を激化させる要因となることから、将来的にベンダーには機器の“安さ”が強く求められるようになると考えられるのです。
日本企業はスケールを生かした安価なモノ作りを非常に苦手としているだけに、低コスト化の問題をクリアできなければ高いシェアを獲得できるとは限らないでしょう。今回の両社の取り組みは「チャンスはあるが非常に厳しいことに変わりはない」というのが筆者の見方です。
佐野正弘
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。
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