マウスコンピューターが、同社埼玉サービスセンターにおいて、「96時間での修理完了サービス」を開始してから、すでに1年以上を経過した。
同サービスは、埼玉サービスセンターに修理品が入庫してから、96時間以内で修理を完了して、埼玉サービスセンターから出荷するものであり、同社が打ち出す「期待を超えるコンピューター。」を実現する取り組みの1つだ。
乃木坂46によるCMや動画による訴求効果もあり、いまや同社のPC事業において、重要な差別化策となっている。マウスコンピューター 埼玉サービスセンター長である佐藤謙氏は、「2016年実績で平均87時間を達成。保証期間内の無償修理が可能なPCであれば、72時間以内に修理し、出庫できる体制がすでに整っている。年内には、これを新たなメッセージとして発信したい」と語る。
埼玉県春日部市のマウスコンピューター 埼玉サービスセンターを訪れ、「修理」の現場を取材し、その取り組みとこだわりを追った。
マウスコンピューターの埼玉サービスセンターは、埼玉県春日部市にある。
最寄り駅は、東武伊勢崎線一ノ割駅。各駅停車しか止まらない小さな駅であり、駅前にはコンビニエンスストアなど、いくつかの店舗しかない。そこから徒歩で約10分の閑静な住宅街の中に、マウスコンピューターの埼玉サービスセンターはある。
埼玉サービスセンターに勤務する社員数は約100人。年末年始を除いて、無休で稼働している。10年以上勤務している社員の比率が1割以上を占め、専門知識を持った社員を中心に、修理を行なっているのが同埼玉サービスセンターの特徴だ。
埼玉県春日部市のマウスコンピューター 埼玉サービスセンターマウスコンピューターを中心にMCJグループの製品を修理する拠点になっているだが、いまや同社のPC事業において、重要な差別化策となっている「96時間での修理完了サービス」を実現するには、埼玉サービスセンターの仕組みのものを大きく変える必要があった。
マウスコンピューターが、「96時間での修理完了サービス」を本格的に開始したのは、2016年7月からだ。もともと社内目標として、「96時間」の数値目標は掲げてはいたが、そのときの社員の反応は本当に可能なのか不安混じりなものだった。
「2015年当時は、修理して、出荷するまでの平均時間は167時間。96時間以内という目標は遙かに遠い数字だった」と、マウスコンピューター 埼玉サービスセンターの佐藤謙センター長は語る。
とくに、家庭内やオフィスのPCを修理することが集中する年末年始や、気温が上がりPCの故障が増える夏場には、修理依頼台数が増加し、1台あたりの修理にかかる時間が伸びる傾向にあった。
佐藤センター長は、当時、沖縄県にある同社直営のコールセンターのセンター長を務めており、2016年4月からは、埼玉サービスセンター長も兼務している。「当時は、コールセンターにも、修理に時間がかかりすぎるというお叱りの声が届いていた」と振り返る。
埼玉サービスセンター長に兼務で就任した佐藤氏は、埼玉サービスセンターでの最初の挨拶の場で、社員に向けて、「96時間以内の修理完了を達成したい」という方針を打ち出した。
その時の社員の反応は、残念ながら芳しいものではなかった。形骸化した目標を打ち出しても、社員にとっては、新鮮味はなく、遠すぎる目標であることに変わりはなかったからだ。しかし、目標が明確に打ち出されたことで、全員が現状・課題を認識し、目標達成に向けて行動する意識を持ってくれたという。
埼玉サービスセンターに入庫される修理用PC入庫後に開梱作業を行なうエリア「コールセンターでは、どんなにいい品質でサポートをしていても、電話がつながらないというだけで、お客様の不満は募る。修理も同じで、どんなにしっかりと修理をしても、時間がかかっていては同様にお客様の不満が増えるだけ」というのが佐藤センター長の考え方。コールセンターの現場で顧客の声を聞き、どこに不満点があるのかを知っているからこそ、埼玉サービスセンターでの迅速な修理体制の確立にこだわった。
埼玉サービスセンターが最初に取り組んだのは、修理工程全体の見える化だった。
埼玉サービスセンターでは、入庫、診断、修理、クオリティコントロール、出荷という工程を経る。どこで修理品が滞留しているのかを毎日分析するところから、改革を始めたのだ。
「修理品が開梱のところで滞留しているのか、診断未着手のところなのか、それとも診断中なのか。あるいは、修理未着手か、修理中の部分なのか。とにかく、工程全体を細かく分類し、それぞれの工程において、目標に対してうまく進捗しているのか、それとも滞留を起こしているのかを分析し、それを毎日リーダーが確認しあうことにした」という。
その結果、午前9時15分から開始されるリーダー会議では、「健全な対立」が生まれたという。たとえば、修理までの作業が速く完了しているのに、どうして出荷で滞っているのかということが、数値を見ながら議論できる。どの工程で問題が起こっているのかを浮き彫りにし、それを解決するにはどうするかといった会話が繰り返されていった。
日によっては、社員が風邪で休んでしまい、特定の工程で作業が滞留しがちになることもあった。また、ある工程が頑張って作業を行なった結果、次の工程がそれに追いつかずに修理品が滞留するといったことも起こった。さらに、改善初期段階では、一度、滞留品をなくす環境を作るために、残業によってカバーするといったことも行なわれた。微調整を繰り返しながら、最適な配置と流れを構築していったのだ。
開梱作業の様子入庫した時点で、本体の傷などを確認1台ずつチェックシートに状況を記入する開梱されて作業工程に入る前に棚に置かれたPCこうした修理品の滞留をなくすかたちへと、工程全体の最適化を進める一方で、社員の多能工化にも取り組んだ。
従来は作業を行なう場所が決められていたが、1日の作業が増える工程を手伝うという仕組みを採用。これによって、修理品の滞留を減らすことができるようになった。
「工程の見える化ができたこと、朝の時点で、どの作業が、どの時間帯に集中するかといったことがわかるようになり、それによって全体最適での人の配置ができるようになった」という。
たとえば、最終出荷の締め切りは午後7時30分。その時間に多くの修理品を出荷しなければならない日には、夕方の時間帯に、診断やクオリティコントロールの担当者が、出荷工程を支援するといったことが行なわれている。
「その日のうちにやっておかなくてはならないことを確実にやり遂げることで、修理時間の短縮が実現する。社員の間に、今日の仕事を翌日に送らないことが徹底されてきたことが大きい」と、佐藤センター長は語る。
また、土日もシフト制で稼働させたことも、96時間修理を実現させた要因となった。
作業全体の見直しを行ない、無駄と判断した作業を削減し、必要な作業だけを行なうかたちへと移行したことも、社員の作業負担を減らし、修理作業の効率化につながっている。
また、診断やクオリティコントロールでは、専門知識やノウハウが求められるが、この作業エリアでは、幅広い机を導入し、2人が横並びで作業ができるようにしている。
これは、1人で作業する場合には、複数台のPCを置いて、並行的に作業を行なうことができる効率化を実現するとともに、2人並びながら作業のトレーニングを行なう環境を実現する狙いもある。
複数台の並行作業により作業時間を短縮化するだけでなく、多能工化へのトレーニングを実施し、複数の工程を担当できる社員を増やすことにもつなげている。「診断作業では、5~6台のPCを同時に行なう社員もいる。そして、現在、約2割の社員が、クオリティコントロールをはじめとした複数の作業を行なえるようになっている」という。
さらに、修理部品の在庫管理の見直しにも着手した。
「過去には、修理に必要な部品を倉庫から払い出すのに1時間以上かかったり、必要な部品が欠品し、修理作業が滞ったりというケースがあった」と語るのは、マウスコンピューター カスタマーサポートセンター修理作業グループの小沼孝幸主任。「部品の種類ごとに、管理番号を付与し、修理部品が取り出しやすいように再整理した。2週間後に欠品しそうなものがあると、それを補充し、欠品しない環境も同時に作り上げた」という。
ヒンジ割れなどの場合は、PCには注意を促す用紙が貼付される付属品は本体と一緒になって修理工程に流れるマウスコンピューターは、最新技術をいち早く搭載したPCを世の中に送り出すことでも知られている。
言い換えれば、部品の共通化が行ないにくい製品が多い。ノートPC用のキーボード1つをとっても、さまざまな種類が用意されているが、ノートPCやデスクトップだけでなく、タブレットやスマートフォンなどにも、マウスコンピューターの製品ラインアップが拡大しており、これも修理部品の種類を増やすことにつながっている。
迅速な修理を行なうためには、多くの修理部品を効率的に管理することが不可欠だとも言えるのだ。
在庫管理部門の社員はほぼ固定されており、どこにどの部品があるのかをすべて把握しているという。現在、約2,500種類の部品が在庫されており、約5分で修理に必要な部品を揃え、修理工程に払い出すことができる。
もう1つ、修理完了までの時間短縮化の取り組みとして見逃せないのが、「即日修理」の比率を増やしたことだ。
修理内容が、電源ユニットの交換など、簡単な部品交換で済む場合には、作業指示書のなかに、自動的に「即」という文字が印刷される。これが印刷されたPCは、即日で修理が行なわれ、その日のうちに出庫することになる。
「2015年時点では、即日修理が行われていたPCの比率はごくわずかだった。現在では、これが約2割にまで高まっている」(佐藤センター長)という。
納期に「即」という文字が印刷されたものは即日修理が行われるでは、こうした取り組みの成果はどうなのか。
2016年4月以降、「96時間での修理完了サービス」の実現に向け、改善を開始したマウスコンピューターは、早くも同月に、月間平均97時間にまで短縮することに成功した。
さらに、改善を進めた結果、2016年トータルでは、平均87時間を実現。「96時間以内に出庫したPCは、80%強に達した」という。
96時間以内に出庫できなかった残りの約20%の多くは、有償修理において、ユーザーへの見積もり提示などが必要になり、連絡待ちなどによって発生する時間が影響したものだったという。
「見積もり確認のほかにも、故障箇所を特定するために不具合の状況が再現できず、そのためにユーザーとの連絡に時間がかかるという場合もある。ストレージの交換が必要になり、データ消去する必要が発生した場合や、設定されたパスワードが異なり起動できないといった場合にも連絡を取ることがある。96時間以内での修理を実現するためには、ユーザーとの連絡を迅速に取ることも重要な要素」(小沼主任)とする。
同社では、ユーザーに問い合わせるための専門部門を設置し、電話での連絡のほか、メール、LINEといった複数の方法で連絡を取るようにしている。とくにLINEでは、mouse LINE公式アカウントを通じて迅速な修理対応の実現につながっているという。
最初に持ち込まれるのは「診断」工程のエリア。不具合を再現する。3台のPCが同時に診断されていた診断後、必要な修理部品は部品倉庫エリアから払い出される修理部品の在庫管理を行なう社員。約2,500種類の部品を5分間で準備する修理に必要な部品を確認し、ダンボール箱のなかに入れる修理用のキーボード。ノートPC用だけでもかなりの種類がある修理在庫品がマウスコンピューターの品質基準に達しているどうかも、1つ1つチェックをしている佐藤センター長は、「見積提示などがない保証期間内の無償修理だけに限定すれば、2017年4~9月までの半年間の実績で、平均で72時間を下回っている。そのうち、即日および翌日修理が完了しているのは約40%に達する」と語り、「半年間に渡って、72時間(3日以内)を切る実績をあげることができた。この実績をもとに、2017年中には、保証期間内の製品については、『72時間以内での修理完了サービス』を新たなメッセージとして発信したい」と語る。
だが、佐藤センター長は、「これはあくまでも通過点」とし、「修理時間短縮に向けた取り組みは、今後も積極的に取り組んでいきたい」とする。
マウスコンピューターは、乃木坂46を起用したテレビCM効果もあり、PCの販売台数が増加している。一定比率で修理が発生することを考えれば、自然と修理台数も増加することになる。そうしたなかで、同社埼玉サービスセンターは、修理時間の短縮に挑むことになるというわけだ。
「96時間での修理完了サービス」を開始して以降、修理を依頼したユーザーからの反応は好評だ。
修理納期については、以前は納期が遅いというコメントが多かったが、迅速な修理に関する感謝のコメントがほとんどになった。
なかでも、「修理したPCが戻ってくるまでに、あまりにも速くてびっくりした」という声が多く、約半分は修理時間の短さに対する評価だったという。
実は、修理時間の短縮化は、社員に対してもプラス効果を生んでいる。
従来は滞留した修理品に追われているような環境だったが、その日のうちに目標の作業をやり遂げる環境が整ったことで、作業に追われるというイメージがなくなったという。
「96時間での修理完了サービスの実現に向けて、社員数は増やしているが、修理台数が増加しても、短時間で修理が完了している。しかも、残業時間は従来の半分以下に減っている。また、かつては夢の目標であった96時間以内の修理完了を実現したことで、やればできるという意識が生まれている点も大きい」と佐藤センター長は語る。
修理エリアに本体とともに、持ち込まれた修理用キーボード修理エリアで行われている部品交換の様子作業指示とともに、交換方法などを確認することができるクオリティコントロール(QC)エリア。ここで29項目のチェックを行なう複数のPCを同時にチェックしている修理が完了したPC。最終的にリーダーがすべてのチェックが行なわれていることを確認するもちろん、スピードが速くても、修理品質が落ちては意味がない。マウスコンピューター 埼玉サービスセンターでは、その点でも進化を遂げている。
その1つが社内の情報共有だ。
同社では、埼玉サービスセンターとコールセンターが連動し、「社内の品質管理専用メールアドレス」を用意。2つのセンターに寄せられたユーザーの声や障害実績を元に、障害情報を全社で共有している。
「ここでは多くの情報を共有し、課題を解決したり、修理の現場に反映したりといったことにつなげている。障害とは思えないような情報まで共有することで、気づきを与えることもできる」とする。
開発部門や品質管理部門とも、週2回のミーティングを行ない、さらに平日は毎日、埼玉サービスセンターとコールセンターのリーダー同士が情報交換を行なう時間を設けている。
「あるファームウェアでは特定の使用状況で不具合が発生するといった情報まで共有することで、最適な修理が行える」というわけだ。
2つめは、不具合の再現にこだわる点だ。埼玉サービスセンターでは、実際にPCを起動させて、不具合を再現し、それに最適な修理を行なうことを徹底している。
「従来は、不具合が再現できない場合には、ユーザーの申告に従って予防修理を行なうことがあったが、不具合の発生が特定の使い方によるものであり、それに適した修理が行えておらず、再入荷するといったことも発生していた。症状未再現で修理をするのではなく、不具合を再現することで、再入荷率を引き下げている」という。
そして、社員のスキル向上に向けて、トレーニングを強化している点も修理品質の向上につながっている。先に触れたように、診断や品質管理などのエリアでは、2人1組で作業を行なう環境を用意することで、修理技術を伝承したり、お互いに技術を高めあうことにもつながっている。
出庫の工程に移動する修理が完了したPC外箱の保管エリア。基本的には送られてきた外箱で返送される梱包作業エリアの様子梱包作業の様子そのほかにも、修理品質を高めるための努力には余念がない。
修理が完了したPCは、クオリティコントロールエリアで最終検査を行なう。ハードウェアやソフトウェアの正常な動作を確認したり、外観検査などもここで行なう。不具合が見つかれば、再度、診断エリアに戻されることになる。
「クオリティコントロールエリアでは、29項目のチェックを行ない、必要に応じて、最新のファームウェアにアップデートしたり、汚れている箇所の清掃を行なったりする。すべての項目をチェックしたあとには、クオリティコントロールエリアのリーダーが再度チェックを行ない、正しく修理が行なわれているかどうかを確認し、それから出庫作業が行なわれることになる」(小沼主任)という。
また、マザーボードなどは修理のためにベンダーに戻すことがあるが、戻ってきた品質が基準に達しているかをチェックしてから、修理工程に供給されることになる。こうした品質管理も埼玉サービスセンターのこだわりの1つだ。
修理に関する状況を記した「修理完了報告書」が添付されるバーコードで読み取って、すべての修理工程が完了するこちらは、ユーザーと連絡を取るコールセンター。専門部署として設置している持込修理サービスの受付窓口。1日3~4件のPCが持ち込まれるマウスコンピューター 埼玉サービスセンターでは、持込修理サービスおよび部品発送サービスも行なっている。
いずれも2013年から開始しているサービスで、ユーザーからは高い評価を得ているものだ。
持込修理サービスは、修理品を埼玉サービスセンターに直接持ち込んでもらうことで、同センターの技術者がその場で故障箇所診断を行ない、即日修理の後、持ち帰りができるものだ(部材不足などで即日修理ができない場合もあり)。
「即日修理が可能であるという点にメリットを感じて持ち込むといった理由のほかに、電話ではなく、直接会って、不具合の箇所を説明したいというユーザーや、どんなところで、どんな人が修理をしているのかを確認してから修理を依頼したいといった理由で、修理品を持ち込むケースもある。リーダークラスの技術者が直接対応することが多く、ユーザーからも好評である」という。
また、部品発送サービスは、製品の不具合箇所が、特定の部品だった場合に、該当部品を発送し、ユーザー自身で交換作業を行なうものだ。
「沖縄のコールセンターと連動して実施しているサービスで、2008年頃から試験的に取り組んできた経緯がある。コールセンターで障害内容を特定でき、埼玉サービスセンターを介さずに短期間に修理を行ないたいという要望に応えたものであり、速やかに修理が完了できるという点で評価が高い」とする。
こうした修理サービスも用意することも、迅速な修理対応につながっている。
96時間の修理完了サービスは、マウスコンピューターの埼玉サービスセンターにとっては、「通過点に過ぎない」と、佐藤センター長は繰り返す。
今後、どこまで時間を短縮するのか、そして、どんな新たなサービスが創出されるのかも楽しみだ。