文化大革命を経験した50歳以上の中国人は日本のシニア以上にデジタル機器が得意ではない
年老いた(祖)父母にスマートフォンの使い方を親切丁寧に教えた、LINEも設定してあげたのに使ってくれない。こんな経験はないだろうか。老眼で画面が見にくく、また耳が遠くなっていて、そしてなにより「わからない」という苦手意識のハードルが高い。せっかく使いだしたところで、知らず知らずのうちにさまざまなアプリをダウンロードするなどして、体感速度が目に見えて遅くなり、スマートフォンなんてもう嫌だとなってしまう。
スマホを使っている中国の老人。キャッシュレス決済など、日本以上にデジタル化が進んでいるイメージの中国だが、シニア層が皆スマホを使いこなされているわけではないのだ
中国でも同じことはあるのだが、実は日本のシニア層よりもパソコンやスマートフォンなどのデジタル機器の扱いが苦手だったりする。文化大革命を経験した50歳以上の世代はデジタル機器を使おうとせず、インターネット利用率がとりわけ低かった。
コロナ対策にキャッシュレス決済これからの政府のデジタル化にシニアのデジタル化は急務
スマートフォン普及以降、家族・親族とのチャットやニュース、動画視聴で利用者が増え、コロナ禍以降にさらに増えてきてはいるが、それでも統計を見るとまだまだ普及しているとは言いがたい。一方でただでさえキャッシュレス決済が進んでいる上に、新型コロナウイルス感染防止のために、各人がスマートフォンで非感染地域にいた証明をする「健康コード」を表示しなくてはならない今、スマートフォンが使えないシニア対策が政府としても急務になっている。
以前は老人は音量が大きく、文字も大きく表示できるフィーチャーフォンを使っていた。さらには物理的なテンキーが大きく、側面には緊急連絡用の電話ボタンがある。しかし健康コードを表示できるフル機能のAlipayやWeChatはフィーチャーフォン用に用意されておらず都合が悪い。となると、スマートフォンを使うしかない。
そこで中国政府は、「老人大学」などと呼ばれるカルチャースクールでシニア向けスマートフォン教室を多数開講して習いに行かせる一方、中国の定番アプリの開発企業に対しては、フォントが大きくシンプルな簡易版メニューを用意させた。これは期限は決まっておらず、「なるべく早く実装するように」という程度の話で、Alipayなど徐々にアプリが実装している。
最近リリースされたテンセントによる向けのスマートフォンの使い方ミニアプリ
中国のスマートフォンメーカーの業界団体がシニア向け端末の必須項目について基準を策定した
そうした中、中国スマートフォンメーカー各社による業界団体がシニア向けモードの規定を策定。それに沿った各カスタムROMを各社が用意する。
スマートフォンや携帯電話でシニア対応を用意しましょうという文書が「電信終端産業協会」が発表した「移動終端適老化技術要求」というもので、「電信終端産業協会」のメンバーは中国政府の中国信息(情報)通信研究院に、ファーウェイ、vivo、OPPO、シャオミ、サムスン、Honorなどが名を連ねる。つまりアップル以外のシェア上位のメーカーが入っているわけだ。ちなみに本記事では触れないが、スマートテレビ版「智能電視老化設計技術要求」も合わせて発表され、ここにはテレビメーカーが入っている。
政府の団体も加わって策定されたシニア向けスマホの共通仕様書
さてスマートフォンについてはモニター、音のコントロール、タッチディスプレー、音、リモートサポート、緊急用アプリ、より細部では13項目と51の子項目から成る。これを3つのレベルに分け、重要度の高い項目からカスタムROMで対応していくという。いずれも視覚、聴覚、運動能力、認知能力が減衰した高齢者ができるだけ楽に使えるようにするというもので、かつ高齢者が緊急事態のときに、簡単に緊急連絡先に連絡できることが求められている。
高齢者対策のカスタムROMの最重要レベルの対策の一部を挙げると以下のようになる。
【ディスプレー】・ホーム画面のアプリアイコンのサイズは縦横11mm以上・4.5:1のコントラスト比をサポート・200%まで画面拡大をできるようにして、かつ表示内容は消えてはならない
【音声】・イヤフォンの左右の音量を調整できる・音声で読む場合の値段や電話番号などの数字の読み方を統一したルールに従う・テキスト読み上げ機能を持つ・ウェイクワードでロック解除ができる・音声でキャッシュレス、カメラ、スクリーンキャプチャー、健康コードのアプリを起動できる
【緊急対策】・ロック解除しなくても緊急連絡先が使える・ロック解除しなくても利用者の医療情報が確認できる
これらは業界団体の取り決めであり、表面的にはマストではない。また、日本のシニア向けスマートフォン(たとえば「シンプルスマホ4」)のように下部に物理ボタンがあり、背面には緊急ブザーボタンも備えたスマホにしなさいというわけではなく、シニア向けに画面を見やすくシンプルにしなさいというオーダーをしているわけだ。この文書が出たのが6月末で、各社が実際に実装するのはこれからだが、ファーウェイのHarmonyOSがすでにシニアにも見やすいモードになっている一方、vivoのOriginOSは不十分だ。
シニア対策がイマイチだったvivoのOriginOS
中国では暗黙の了解で政府が目指す方針に従わない場合、立場が悪くなっていく可能性がある。業界団体にアップルが加わっておらず、今回の文書に従わないのならば、将来的にiPhoneは老人向けに売りづらくなるかもしれない。
もっともシニアに優しくするからといって、シニア向けにブラッシュアップした機種が売れるかというと怪しい。魅族(Meizu)というメーカーが、広告やプリインストールアプリを抜いたシンプルなスマートフォンを売ろうとしている。他社は広告やプリインストールによって稼いできたのをそれを一切抜くというものだ。広告を配信しないので近いスペックの競合他機種よりも日本円で数千円高くなり、メディアのウケは悪い。どうもシャオミ、OPPO、vivo、ファーウェイ、Honorの5社で足並みを揃えてシニア対策をしそうだ。
あらためて中国メーカーのスマートフォンをシニアが使うという視点で、各メーカーの機種を見てみると共通のクセがある。中国のスマートフォンは通知がiPhoneよりもたくさん届く。一方で迷惑電話、詐欺電話、セールスの電話についてはがっちりガードする傾向にある。中国人にとって中華スマホを使うことは、日本のユーザーの感覚以上に中国本土では役に立つわけだ。今後外国向け機種にも中国発のシニア向けモードが搭載されるはずだ。
まずはカスタムROMがアップデートされ、中国でシニア(とその家族)が使いこなせるか試されることになる。
山谷剛史(やまやたけし)
著者近影
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」(星海社新書)、「新しい中国人~ネットで団結する若者たち」(ソフトバンク新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)