現在ではネットに飛び交う情報が溢れ、即時性もあり、無料で入手できるという手軽さもあって、一部の有名タイトルを除いて作られなくなったが、20年ほど前、ゲームの攻略本が隆盛を極めていた時代があった。
それはファミコンの頃から存在していた。最初は本の版型もA5版ほどの大きさで、ページ数も少ないコンパクトな物だったが、その後スーパーファミコンやプレイステーションといったハードの進化に伴い、ゲームのボリュームが増え、超大作タイトルが発表されるに従い、攻略本の版型は大きくなり、凝った編集の物も多く、細かなマップやデーターなどを盛り込んだ「アルティメット」などというシリーズが登場し、書店では攻略本の棚に場所を広く取っていた。
だが、そんな時代にあって尚、規格外の……というか、どうかしているという一冊に仕上がっていたのが、ファミ通の攻略本「クーロンズ・ゲート公式ガイドブック」。合間に様々な人々(荒俣宏・中沢新一、他)による文章やインタビューが掲載され、攻略部分もチャート式ではなく、主人公(=プレイヤー)の一人称視点で書かれた小説仕立てになった、A4版、三段組み170ページを超えるボリュームで、おまけにB全の大きさのダンジョン完全攻略折込みMAPが付属しているのだ。聞くところによると本の完成には1年ほどの時を要したという。
そんな超弩級の攻略本を作らせてしまうゲームとは一体何だろう? 『KOWLOON'S GATE クーロンズ・ゲート-九龍風水傳-』はディスク4枚組と、攻略本に負けないボリュームなのだが、内容も破格、凡百のゲームソフトの中にあってひときわ異彩を放ち、未だに脳内を鷲掴みにされているような感覚さえある、私にとっては忘れ得ぬゲームなのだ。
ジャンルと言えばアドベンチャーゲームという事になるのだろうが、「勇者が魔王を倒す」というような目的部分は、「風水師(=プレイヤー)が四神獣を見立て風水を起こす」というもので、よく分からない使命を帯びて、よく分からない世界にほっぽり出される事になる。
街の住人達を始めとして、出て来る人物達はみな独特な風体と性格で、「えび剥き屋の子供」は剥いたえびで生計を立てている人の息子のようだし、「びん屋」はびんだけを売っているようだ。協力的な人もいれば、非協力的な人もいる。謎めいた言葉を投げかけて来る者もいて、一筋縄ではいかない。
主要な登場人物達のいで立ちについては絵を見て頂くとして、全体に人物達の造形や動きはまるで人形のようだ。こうなると、本作は主人公の一人称視点で物語が描かれているため、ゲーム上には一切姿が表示されない「私(=プレイヤー)」が、一体どんな格好をしているのかが非常に気になる所だ。
このゲームのモンスターは、物に邪気が宿った「鬼律(グイリー)」と呼ばれるものだが、物の事を考え過ぎてその物になってしまう「妄人(ワンニン)」という存在は、ずっとその物について考え続けないと、人間の部分が無くなり、物そのものになってしまう。邪気を孕んだ戦闘に敗れてしまった風水師もまた物になってしまいゲームオーバーとなるのだが、最後に表示される一文が、
あなたは扇風機にされました。
こうなると人物達が人形っぽいのも、物になってしまうというのもどこか象徴的だ。
アイテムも独特で、体力を回復するアイテム「男油(おとこあぶら)」を始めとして、何に使うのか初見では判断に困る物のオンパレード「あぶく男の目玉」「オガクズ」「皇帝の付け髭」「うがい水」「何かが入ったびん」などなど。だがこれらのアイテムはもれなくどこかで使われる役目があり、無駄な物など何一つ無い。もしかしたら、この怪しいアイテム群も、かつては人間だった妄人の成れの果てなのではないだろうか? などという妄想が脳裏をよぎるのも、クーロン的な世界の毒気に当てられたからなのかもしれない。
当時の最新技術を駆使して構築されたCGの街は、一瞬で通り過ぎてしまうような片隅に貼られたポスターや打ち捨てられた木箱に至るまで細部にわたって作り込まれており、発表から20年以上を経た現在でも少しも色あせていない。
前述した要素の他にも、独特なセリフ回しが癖になる脚本や、環境音のように街の空気を伝えてくれる音楽なども相まって、濃厚濃密な世界を作りあげている。私にとって本作は、発表から24年を経た今でも、妄人のようにこのゲームの事を考え続けて「クーロンズ・ゲート」そのものになってしまいそうな、それほど強烈なゲーム体験だった。
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