広報にまつわる人との接し方を中心に、たくさんの失敗と格別な体験を時事ネタ交えつつお伝えしていく本連載。しばらく時間が空いてしまいましたが、久しぶりにどっぷりと現場を体験し、こうあったらいいなと思うようないくつかの理想がありました。広報ができることに限りはありますが、今回はUHKBのプロジェクトを終えて感じたことをお話ししていきます。
CESへの出展が減ってきた中、年末ギリギリまでの調整で参加する企業、参加するメディアにも大きく変化があったようです。変化があるのは当たり前で、その時にどう対応するか、その動きに合わせてどう連動させるかにはいつも悩みます。より多くの関係者が自分事で取組めば良いのかもしれませんが、それは理想であって、なかなかそうもいきません。
そういう意味では、年末にクラウドファンディングが成立した外付けキーボードUHKBも──このプロジェクトの話は以前しましたが──大事なところはほかにありました。
ものづくりに携われるというのは貴重なこと
昨年メディアからのアイデア主導でスタートした外付けキーボードの商品化企画ですが、従来のプロセスは、事業部が技術的な部分を、商品企画が市場動向をそれぞれ見極め、販売推進が営業部門と連係をし、製品を作っていくというものでした。
ただ、いつの世もそのセオリー以外に多くの選択肢があることは周知の事実でしょう。新しいものを作りたい、こういったものを作ったら売れるのではないか。ものづくりに対しての考え方は皆が同じではありません。例えば企業のどのセクションで働いているかによっても形にできたりできなかったりしますよね。
ある人は日々そういったことを考え、そして考えさせられ、アイデアが自ずと枯渇していっても考えることを強いられる。あるいは、そもそも新しいものに興味がなくとも考えなくてはいけない。それは厳しい“仕事”であると思います。反面、日々面白いことを考えたり、ものづくりに関心があったりしてメーカーに入っても、配属先がものづくりとはかけ離れていることもあるでしょう。そこにアイデアがあっても、部内のミーティングで「その他何か共有したいことがありますか?」という付け加えの議題で少し話をしたり、または成果評価の面談の時に自分のやりたいこととして上司に伝えたりするくらいしかできないと思います。
会社の規模にかかわらず、全ての人の思いはなかなか伝わらないですし、やりたいこと得意なことが自分の部署の仕事に結びつくなんてことは少ないです。会社が大きくなればなるほどその傾向は強いでしょう。それでも昔と比べて今の時代は多少チャンスがあるように見えます。
昭和の時代に就職をした人たちは「やりたいと言った仕事には絶対に就かせないのだ」と訳のわからない理論を上司から言われたことがあるかもしれません。「仕事を覚えるっているのはさ、やりたいことだけやっていたんじゃだめなんだよ、私だって好きでこの仕事を選んではいないけど、与えられたところでしっかりやることは重要なんだよ」と諭され、「いろいろな部署を経験して初めて上に行けるんだから頑張れ」とはっぱをかけられてきた世代は、“やりたいこと”をなかなか正当化できません。“出張は辛いもの、決して楽しい話をしてはいけない“という不文律がある世代でもあります。
企業によって差はあれど、大きな流れとしてやりたい仕事と就いた仕事は異なるのです。そういった中で「こんなことをやりたい」と思う人がそれを実現できる部門で働けることは奇跡に近いことで、とはいえその奇跡もただただ待っているだけでは天文学的数字の稀少な遭遇率と言えるでしょう。しかし、ダイレクトに当たらなくてもその近くにいればチャンスも見えてくるはず。周回軌道に乗って目的地近くに辿り着きそうであれば、ちょっとだけ冒険して自分のやりたい仕事に関われるように飛び出してみるのも良いと思います。大それたチャレンジではなくちょっとした「よそ見」程度でも最初の一歩が達成できるかもしれません。企業で働く人は窮屈。その窮屈は達成するものの大きさで緩和され受け入れられることもあります。
今まで、そしてこれからも、敷かれたレールでは景気も悪くなり、世の中も変われば先行きも不透明。だからこそ、新しいチャンス、気づき、面白さと成功を探すきっかけを示してあげることも重要です。一つの事例を成し遂げることは一つのゴールに過ぎず、一番大切なことはちょっとだけ新しい考え方、今までにやったことがないことへのチャレンジが許されること、新しい取組みでそこそこ成功して評価されること、新しいことをやっていいんだ、それなら自分の考えていたものを口に出してみようかなと誰もが思えるようになること、そしてそれを評価してくれる経営者もいることを心の底からしっかり伝えることだと思います。
一つの取組みの成功には恐ろしく熱量がかかります。それを誰しもが背負えというのは難しいでしょう。理屈では正しいがそんなことをやりきる人はなかなかいません。そもそも、そんな挑戦意識を持った人は大企業に入ってこないかもしれません。それでも多くの優秀な社員が自分の心の中で描いているものづくり。その思いをとりまとめればもっと力を発揮できるのではないか、企業としての力は増すのではないかと思うのです。
その思いやアイデアは何処にある? 社員の心の中にはあるんだろうと思います。ですが、それは上記の通り、さまざまな環境と理由によって出てきません。国政選挙を例にしてみましょう。何千億のお金を使って国の一大事として行なわれる総選挙は、候補者が町中を駆け回り、街頭で、テレビで、Webメディアで主張を伝えようとします。マスコミは選挙速報として夜中まで報道をし、そして国民は新しい政権に身を委ねていく。そんな重要な選挙なのに世の中の半分の人々は投票をしていません。なぜ投票をしないのか、その理由は関心がないからでしょう。そして関心がないのは自分に関係がないと思うから。もっと具体的にはその候補者が自分の思いを伝えてはくれないと考えてしまうから。関心を持ってもらうには「あなたの思いは形になりますよ」ということを心から伝えることができればいい。そうすることで「それなら」と選挙に行って投票をしてくれるかもしれません。自分の思いを実現する為に。
話を企業に戻します。PCメーカーに入社した、入社したときに何か世の中の役に立つものを作ってみたいと思った、その全てを表現できたら。できるかできないかではなく、アイデアを抽出することなら可能だと思います。選挙のように50%を割る無関心の塊ではなく、その会社に就職をしたのだから関心は最初からあるはずです。
調べたことはありませんがPCメーカーに入社した6割、いや8割くらいの人がものづくりについて何らかの思いやアイデアを持っていると考えています。それは突拍子もない意見、ありきたりな意見、誰もが気付かなかった斬新な意見、時代にマッチした気づきを含んだ意見などさまざま。今まで、社員の10%、20%の人がフル回転をして意見を出し続けているところに大きな援軍が加わればより活性化するはずです。
アイデアは無限であり、人が多ければその数だけアイデアも生まれます。人と同じでもいい、すでに出た意見でもいい。口にして話すことで、その人ならではの変異があるでしょう。人それぞれ頭の構造は違いますし、100%同じ意見などありません。そういう小さな意見をたくさん集めたい、それが集まれば企業は強くなるとずっと思っていました。
今回のUHKBプロジェクトでは、ほんの入り口かもしれませんが、それでもきっかけを作ることができたと思いました。企業として新しい気づきのフィードバックを作り出し、その表現の手助けをできるのが広報の仕事でもあると改めて感じたのです。会社のプロダクトをアピールする。会社の経営をアピールする。そこに加えたい会社の未来をアピールする。それはすなわち会社の中から生み出される力をどうやって世に知らしめるかという広報活動の原点であると感じました。
「考えるだけなら誰にもできる」は悪いこと?
これも言い古されたことですが「考えるだけなら誰にもできる」と否定的な人がいます。
しかし、本当にそうなのでしょうか? 企業には多くの人がいて、生まれも育ちも時代背景も異なります。そんな人々の集合体である企業がなぜ多種多様な人を採用しているのか。大勢の社員から多くの意見を取り入れることによって会社が成長していくという考え方もあるのではないかと思います。
経営者によってその考え方は変わるのかもしれませんが、新しい意見はどんどん取り入れていくというのが今の世の流れですよね。それでも「考えるだけなら誰にでもできる」と言われることもあります。
そして「そんなものは非現実的だ」「そんなものは誰が買ってくれるんだ」「そんなものを誰が売ってくれるんだ」「そんなものを誰が作ってくれるんだ」「そんなものを誰が金をだしてくれるんだ」、「そんなものを」の繰り返し問答が始まった時点で気の弱い人はアイデアを閉じ込めてしまうでしょう。クレバーな人であれば余計な体力を使わず、来たるべきタイミングのために意見を温存するかもしれません。新しいことに挑戦するのは勇気がいります。現状維持でも大変な時代にチャレンジをして失敗しては経営が危なくなります。それでも、チャンスは何処にあるかわからないと思って、まずは「考えるだけなら誰にでもできるのだから考えて下さい、何でもいいから考えたことを教えて下さい」とした方が建設な組織になるのではと思います。
「役人はできない理由を考えるために時間を使う」という話を聞いたことがあります。もちろん、役人には優秀な人がたくさんいて、いろいろな事を考えその結果「ノー」と言うケースも必要であり、それは決して悪いことではありません。ただ、単に「ノー」と言ってしまう人もいるということです。 経営者? 幹部社員? どこかに規制をする人がいるのでしょう。社会を安定させるために必要な規制。それはとても重要ですが、それが強くなりすぎると新しい芽を潰してしまうことになってしまいます。
情報が少ない時代、商品体系が斬新な時代は過ぎ、コモディティ化したPC関連製品。ネットの普及や昨今のオンライン生活などによる社会の激変でものづくり自体が求められる形も変わりました。何十年の経験者の声と同等、それ以上の価値が入社前の学生から出る時代です。そんなときに最も大事なのは“考えた意見を聞くこと”だと思います。
聞く力が取りただされていますが、本当に聞くことは体力がいります。経営者にその気持ちがあればたくさんの声を聞くことができるでしょう。それはお客様の声でも同じですね。今はユーザーサポートも充実していて、お客様の声を聞くことができますが、それでもまだお客様未満の声はなかなか聞こえてきません。お客様になってくれなかった声をどこで入手していけばいいのか、どうすればお客様になってくれたのか。ここで広報の持つアンテナ力が発揮されるのではと思います。
こういったシビアすぎる現実の中、外付けキーボードは小さな声を集めて形をなそうとしていました。もはや、これはものづくりの話だけではなく企業の変革の話なのかもしれません。
次回は、プロジェクトが進んでいく中、広報がどんな思いでこのビジネスを推進していったのかをお話ししたいと思います。
PC広報風雲伝連載一覧
秋山岳久
PC全盛期とバブル真っ只中からPC事業風雲急時代までPCメーカーで販売促進・広報と、一貫してメディア畑を歩むものの、2019年にそれまでとは全く異なるエンタテイメントの世界へと転身。「広報」と「音楽」と「アジア」をテーマに21世紀のマルコポーロ人生を満喫している。この3つのテーマ共通点は「人が全て」。夢は日本を広報する事。