トヨタ自動車のスポーツカー「GR86」が、若い世代から人気を集めている。発売は2021年10月28日だが、少し前の時点で購入者の約3割が20代で、30代まで含めると割合は4割を超えるとのことだった。このクルマの何が若者を引きつけるのか、じっくり乗って探ってみた。
○若者のクルマ離れは本当?
「GR86」はトヨタがスバルと共同開発するスポーツカーの2代目だ。全体的な外観、エンジン、変速機は両車共通だが、フロントグリルなど意匠の細かい部分や、サスペンションを含むシャシーの設定などには違いがある。
GR86のグレードは3種類。最上級「RZ」の6速オートマチック(AT)車は351.2万円するが、もっとも廉価なエントリーモデル「RC」は279.9万円で買える。ただし、RCは6速マニュアルシフト(MT)のみの設定だ。RCにはカスタムカーのベースとしての側面もあり、アルミホイールは装着せず、装備も簡素に抑えられている。
6速MTの車両価格はATより16万円以上安い。それもあってか、GR86の受注の7割弱はマニュアルシフト車だそうだ。この傾向は初代でも同様であったという。
「RZ」(MT)の室内。シート表皮はウルトラスエード×本革、内装色はブラック×レッド。内装色は黒一色も選べる
それでも、300万円前後という車両価格は決して安くないのだが、残価設定やリースなどを活用すると月々の支払額を抑えることもできるので、「暮らしの予算内で賄える範囲であれば、一度はスポーツカーに乗ってみたい」という若い人たちが注目する1台となっているのだろう。価格帯の近いスポーツカーの選択肢としては、マツダの「ロードスター/ロードスターRF」くらいしか見当たらない。
「若者のクルマ離れ」という言葉を聞くようになってから久しいが、私はそうは思っていない。クルマ好きはちゃんと存在する。スバル「WRX」などの人気も手堅いのではないか。ただ、クルマは購入金額だけでなく維持費もかかるし、過去20年来、所得が増えていないという今日、暮らしの中で無理はできないという現実もあるので、クルマに手を出せなかっただけだろう。86の場合でいえば、初代の中古車人気が堅調で、残価設定額を高めにできている点も、新型GR86の購買意欲を高めていそうだ。
残価設定ローンやリースの認知度は高まっている。月々定額での支払いが可能となれば、「一度はスポーツカーを」と思う人は老若男女を問わず存在するはずだ。これまでは販売方法を含め、消費者の思いにメーカーや販売店が十分に応えられていなかっただけではないだろうか。
○トヨタ製の「やんちゃ」なクルマとは?
トヨタ「86」とスバル「BRZ」の初代が発売となったのは2012年なので、今回は9年ぶりのフルモデルチェンジとなる。新型GR86は外観がより上質な造形となり、洗練された印象がある。細かく外観を眺めていくと、うっとりとさせるような面の作り込みに気付かされる。室内も内装の精緻さが増した印象だ。
「GR86」のボディサイズは全長4,265mm、全幅1,775mm、全高1,310mm。写真は左が「SZ」でボディカラーは「サファイアブルー」、右が「RZ」の「クリスタルホワイト・パール」
試乗したのは最上級グレード「RZ」の6速ATとMT、そして中間グレードとなるSZのATだ。
RZは最上級というだけあって、内装には本革などを使っており豪華な印象がある。座席もバケットシート的な形状となっていて、体にぴったり寄り添ってくれる。イグニッションを入れてエンジンを始動させるといい音色を聞かせるが、それほどの爆音ではない。
「GR86」は2.4Lの水平対向エンジンを搭載。最高出力は235PS(7,000rpm)、最大トルクは250Nm(3,700rpm)だ。ちなみに初代「86」の排気量は2.0Lだった
走りだしてすぐ、これは相当に硬いサスペンションだと思った。駐車場を出たところの舗装がはがれていたのだが、車体も体もポンポン跳ねる。スポーツカーであることがわかりやすくはあるが、少し跳ねすぎではないか。オートマチック車ではドライブモードを「ノーマル」「スポーツ」「トラック」から選択できたが、スポーツモードにするとより硬さが際立つ。舗装がそれほど荒れていない路面でも、ゴツゴツとした振動を体に感じた。
BRZと比較すると、GR86の特徴は「やんちゃさ」だとトヨタは表現する。その一方で、新型GR86は先代の86に比べ、かなり上質なクルマへと進化を遂げているのも事実だ。外観・内装はもちろんのこと、走行中の静粛性もかなりのものだった。したがって、「やんちゃ」という表現とは逆の方向に仕上がっているのでは? とも感じた。
トヨタが考える「やんちゃさ」とは何なのか。試乗後に話を聞いた開発関係者によれば、運転操作に対し、より機敏な動きをする様子を指すという。
確かに、うねるように左右へ連続して曲がるカーブで走りを追い込むと、ハンドルを操作した以上に切れ込んでいく特性があり、意図的な操縦性を織り込んであることが伝わってきた。運転者がハンドル操作をすると、アクセル操作のいかんを問わず曲がりやすい特性であることを目指したようだ。発売前にサーキットで走る機会もあったのだが、曲がりすぎると思うほどよく曲がるGR86の片鱗を垣間見た。意図的な操縦性を採用したことを、トヨタは「やんちゃ」と表現しているのかもしれない。
とはいえ、通常の走行では、そうした様子はあまり伝わってこない。RZの場合、スポーツカー用に開発された高性能タイヤを装着し、タイヤ寸法も超扁平な40%の大径を装着しているので、過敏すぎず、抑えが効いている感覚だ。
一方でSZになると、タイヤ銘柄がスポーツカー用ではなく上級車種向けとなり、タイヤ寸法も扁平率が45%となってくるので、シャシー設定が通常走行でも現れやすいようだ。つまり、ハンドル操作に対し、落ち着きにやや欠けるところがある。
左が「RZ」、右が「SZ」
動きはいいものの落ち着きのない走りという個性は、トヨタが初代86でも求めていた性質だったので、GR86も先代の性格を継承したということだろう。一般的な乗用車と違い、スポーツカーを選んだことを実感しやすい、わかりやすい仕立てといえる。
やんちゃな走りを実現するため、GR86はあえて、BRZとは異なるリアサスペンションの機構を採用している。バネやダンパーの違いだけではなく、シャシー性能として別の持ち味を求めたのだ。
そこを楽しみたい消費者に、GR86は存分の満足もたらすだろう。ただ、運転の技量を高めることにも喜びを見出し、さらに先へ走りを進化させたいと望む消費者には、飽きやすい特性になってしまうかもしれない。
ほぼ同じ全体構成でありながら、フロントグリルを含めた外観や乗り味の違いなど、トヨタとスバルで2種類のスポーツカーが選択できるのは、両社の協業がもたらしたひとつの成果だ。ふた色あるスポーツカーがどう違うのか、試乗をして乗り比べるのもまたクルマ選びの楽しみである。
トヨタとスバルが、それぞれ独自の車両企画で開発を進めていたとすれば、乗り越えるべき課題がより増えて、互いに世に出せなかったかもしれないというほど、スポーツカーづくりはなかなか採算の合いにくい事業だ。そこをマツダは何とかやりくりし、20年以上もロードスターを進化させ、販売し続けてきた。マツダにいわせると、そこには独自の知見があるという。
いかに身近な価格でスポーツカー事業を成り立たせるかは自動車メーカーにとって難しい課題だ。その一手として、トヨタとスバルは協業により、消費者にスポーツカーの新たな選択肢を提供したのである。
御堀直嗣みほりなおつぐ1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。この著者の記事一覧はこちら